次世代育成
IESE
資本主義の未来を見据え、次世代のビジネスリーダーを育てる
Business Person
IESEビジネススクール エグゼクティブ教育部門 アジア統括
加賀谷 順一
2011年、もともとスペイン語が話せたこともあり、スペイン・バルセロナのIESEに入学。卒業後、アジアオペレーションの立ち上げメンバーとしてスクールに参画し、企業向け研修のプログラム設計や運営を担当。日本とインドに加え、中国や東南アジア、オセアニアを担当する香港とシンガポールオフィスの統括も行っている。
Contents
「明日目覚めないとしたら、今日をどう生きる?」
――その答えを求めて
——IESEに入学するまでは、どんなことをされていたのでしょうか。
過去を振り返ると、家族の影響は大きいですね。私の父は船乗りで、1年のうち3カ月だけ家にいる、という生活で、その間はよくいろいろな話をしました。その中で、中学生の時に言われた「今日が最後の日で明日目覚めないとしたら、お前は今日をどうやって生きる?」という問いが鮮明に残っていて。その後、折に触れてこの問いを思い出し、「自分は今、何をすべきか」を軸に考えてきました。
大学で地方自治を研究する中で、「国の借金を減らして日本経済を成長させるために、地方をどう活性化するか」と考えた時、地方共通のアセットとして目をつけたのが農業でした。農業が補助金に頼ることなく普通にビジネスとして成り立てば、中央と地方の人口バランスも改善します。そこで、日本の農業をどう事業として持続可能なモデルに転換できるかと考え始めたのですが、国内には理想的なモデルが見つかりません。卒業後は持続的な小規模農業のモデルがある欧州に行こうと思い立ち、マドリッドの大学で農村振興を研究し、コンサルティングや政策提言を行っている教授を見つけて、2年間研究員として働くことになりました。
——「農業の6次産業化」ですね。そのまま研究者になる道は考えなかったのですか。
教授には引き止められ、残ることもできたのですが、やはり「自分は今、何をすべきか」を考えた時に、欧州で得た知見を日本で実際に広めたい、と。そこで、帰国してある教育系企業グループに雇ってもらい、社内ベンチャーとして農業の現場と消費者をつなげるようなプログラムを提供するビジネスを始めました。
本当は農業関係者向けにECでの直販や商品開発などの知識を広めたかったのですが、2005年当時はまだそうした話がポピュラーではなかった。結局、3年経っても鳴かず飛ばずで、会社がその事業から撤退することになりました。自分の中でも一旦考えを整理し、改めて今度は経営を勉強しなおそうと、会社を退職してMBAを取得することにしました。
IESEで学んだ多様性の重要性と奉仕の精神
——ビジネススクールといっても複数ありますが、なぜIESEを選んだのですか。
世界のトップビジネススクールというと、やはり欧米ということになります。そして、最終的には日本の社会に何かしら還元したいと考えていたので、社会におけるビジネスの在り方が日本に近い欧州で選びました。欧州も歴史があり、社会や地域コミュニティを無視してはビジネスが立ち行きません。アメリカはビジネスとともに街ができ、ビジネスが衰退すれば街もなくなったりしますが、日本も欧州もビジネス以前にコミュニティがあります。マドリッドで2年過ごした経験もあったので、企業と社会、コミュニティと人との関わり、関係性について、さらに2年ほど過ごせばもっと得られるものがあるのではないか、と考えました。
また、IESEはもともとカトリックの神父さんがアイデアを出して設立された学校で、倫理観やモラル、考え方の軸がしっかりしているという印象を受けました。
——実際に入学してみてわかったIESEの特徴を教えてください。
経営学というのは、何か大きな発見により一日で劇的に変わる、という学問ではありません。人と組織の営みに関する知識なので、極論を言えばどこで学んでも同じです。従って、誰とどこで、どうやって学ぶかに学校としての特色が出ます。
アメリカのビジネススクールは若い人が多く、やはりアメリカ人がマジョリティになりますが、欧州のビジネススクールは国籍の多様性を担保している学校が多く、IESEも例外ではありません。ローカルのスペイン人は15%程度しかおらず、残りは世界中から集まる学生たちです。誰もマジョリティではない。そういう中で議論をしていると、自分が話していることは決して相手にとってのスタンダードではない、という意識が培われ、お互いの話を聞こうとしますし、自分のスタンダードを押し付ける事にもなりません。お互いのパーソナリティや視点の違いを理解した上で、じゃあどう結論を導こうか、という話になるのです。
また、先ほど述べたように、IESEには「プロフェッショナリズム」「インテグリティ」と並んで重要な「奉仕の精神」があります。これは、会社は社会に奉仕するために存在しており、リーダー(経営者)は最終的にマルチステークホルダー=従業員や顧客、地域住民に奉仕する存在であり、皆が働きやすい環境を作り、会社が社会に価値を提供できるようにすべき、という考え方です。
この特徴はビジネス界でも認識されており、その文脈からサステナビリティやESGに関するカリキュラムも充実していることから、フィナンシャル・タイムズのビジネススクールランキングでは総合ランキングで上位に入るとともに、ESGという軸で2022年にIESEが1位となっています。
——でも、実際のビジネスの現場では、やはり利益を追求していくことが求められますよね。
もちろん、IESEもビジネスを学ぶ場なので、株主資本主義や金融資本主義を無視しては通れません。従って、それとどう向き合うのか?という正解のない問いに挑むことになります。そこで、IESEの重視する多様性や議論のスタイルが活きてくるのです。
IESEには、何がベストかわからない状況の中で、経営者としてより良い、もしくは最悪ではない意思決定をするために、いろいろなツールやフレームワーク、ものの見方を学べる環境があります。授業はレクチャーではなく、基本的にはある経営課題に対して自分が当事者ならばどうやって意思決定し、アクションプランを起こすかを考えて見える化します。答えは十人十色でみんな違いますが、それをお互いに議論する事で、何がベターか、要点は何か、を洗い出すのです。従って、実際にビジネスの現場に戻った時に、こういう人はこういう傾向があるから気を付けて意思決定しよう、とか、こういうシチュエーションはここを押さえなければいけない、といった感覚を養うことができる。IESEの議論のスタイルを通じて、ビジネス実務の中で、多様な観点でバランスを取りながら意思決定をする訓練ができるのです。
このような特徴から、卒業生の進路も多様で、国際的な非営利団体に就職する人も少なくありません。
ミクロとマクロ双方のアプローチで、サステナブルな経営の在り方を広めたい
——IESEにジョインし、アジア部門のメンバーとして活動することに決めた経緯を教えてください。
IESE卒業後は日本に戻り、就職活動をしていました。あるコンサルファームからオファーをいただき、一週間後には返事をせねばならない、というタイミングで、IESEの学長から「アジアオペレーションの設立メンバーにならないか」という連絡が来たのです。
そもそも、「教育」というのも自分の中では農業と並んで大きなテーマでした。日本全国を見渡した時、もっと活用できる、活用の余地があるのが人的資本で、世代交代という意味で若年層の教育もそうですし、人生100年時代と考えればあらゆる世代で可能性がある。そこに良いインパクトを与えられる仕事であれば、自分の人生をかけてやる価値があると考えていました。
当時、アジア地域はIESEにとって手つかずの場所で、「何でも好きにやっていいよ」と。もちろん、自分が実際に学んでみて、IESEの教育方針には賛同していましたし、サステナブルな資本主義の考え方をアジア地域に広める、という、誰もやっていないことをやりたい、という気持ちが込みあがってきて。一度しかない人生、そこに夢をかけてみよう、と引き受けることにしました。
——現在、注力して取り組んでいる事を教えてください。
資本主義の負の側面を克服し、サステナブルな社会にしていくために、ミクロとマクロ双方のアプローチを試みています。
2021年から大学院大学至善館と連携して「Future of Capitalism」というグローバルなMBAコースを開講しました。私はプロジェクトリーダーを務めており、ほかにも世界のビジネススクール10校が参加して、著名なオピニオンリーダー、経営者を招いたセッションを開催しています。資本主義とどう向き合うのか、ESG経営は有効なのか、ウォッシュとどう向き合うか、といった正解のない問いについて議論するのですが、最終的には個々のモラルやバランス感覚が集積し、社会全体がサステナブルになったり、安定してより良い方向に変化していくのだと考えると、やはり教育が重要、ということに行きつきます。非常に時間のかかることですが、IESEはエグゼクティブ教育においてリーダー同士が多様性の中で共通の議論ができる環境を提供することで、バランス感覚を養う役割を果たしています。これが、個々の意識を変えるミクロなアプローチ。
一方で、マクロなアプローチとして、大学院として従来の経営学の体系をフラットに問い直すことにも注力しています。これまで大量生産・大量消費や株主資本主義の前提のもとに組み立てられてきたマーケティングや会計学が、本当に人間社会やコミュニティにとってよい考え方なのか。そこにサステナビリティの概念が入ると、恐らく学問の体系も変わってくるはずです。壮大な話ですが、知の創出機関の使命として、この難題に取り組んでいきます。
サステナビリティの時代において、ビジネススクールも変わらざるを得ません。そのプラットフォームの変革に、ミクロとマクロ両方のアプローチで関わっていきたいと考えています。
IESE Business School
1964年にハーバード・ビジネス・スクールとの提携によって欧州初の2年制MBAプログラムを開始した歴史あるビジネススクール。創立以来、知識・スキルだけでなく優れた人格を兼ね備えた真のビジネスリーダーの育成をミッションとし、世界100ヵ国以上からの50,000人を超える卒業生を輩出。グローバル化が重視される昨今では、多様性と教授・生徒間のインタラクションを重視した独自の教育アプローチが高く評価されている。
取材後記
ビジネススクールといえば投資銀行や戦略コンサルなど、いわゆる「勝ち組」養成所というイメージを抱いていました。しかし欧州でも指折りのビジネススクールであるIESEの卒業生でアジア・パシフィックエリアを統括する加賀谷さんには、全く尖ったところがありません。取材でIESEの特徴をうかがい、多様性を重んじる文化や、お互いの観点を尊重しながら「白黒つけなくてもよい」という議論の進め方を知って、なるほどと納得がいきました。
また、失敗も成功も含めた加賀谷さんのこれまでの経験談は、組織に属して働く私たちに「リスクをとって独立・起業することがすべてじゃない。今いる場所でも信念をもって挑戦し続けることはできる」と教えてくれているように感じました。
(ブレーンセンター IY)