FCV触媒開発

エヌ・イー ケムキャット

触媒の力で、燃料電池自動車市場のトップランナーを目指す

貴金属触媒のリーディングカンパニーであるエヌ・イー ケムキャット株式会社。「触媒」とは、「特定の化学物質の反応速度を変化させる物質」のことを指し、自身は反応の前後で変化しないものをいいます。この触媒の世界で同社は「自動車排出ガス浄化触媒」における国内トップクラスのメーカーとしての存在感を発揮しており、長年にわたって自動車の環境負荷低減に貢献してきました。そんな同社は2021年、サステナビリティ経営の推進を加速するために「ビジョン2030」を策定。「触媒の新たな価値を社会に提供し、持続社会の実現と地球環境保護に大きく貢献する。」という目標を掲げ、自動車分野でのさらなる環境負荷低減に貢献すべく、「究極のエコカー」と言われる「燃料電池自動車(FCV)触媒」事業を重要な柱のひとつとして位置づけています。ビジョンの実現に向けて、FCV触媒開発の最前線を担う和田佳之さんに現状と今後の抱負を伺いました。

Business Person

エヌ・イー ケムキャット株式会社 研究開発センター 基礎開発部 シニアスタッフ


和田 佳之

2015年入社。つくば化学触媒室に配属後、ファインケミカル向け粉末触媒の開発を担当。その後、FC(Fuel Cell:燃料電池)電極触媒 湿式分析の経験を経て、沼津化学触媒室へ異動し、ファインケミカル向け粉末触媒の改良、量産化検討を担当。2018年からつくば化学触媒室(現 基礎開発部)へ再異動し、再度関わりたいと思っていた電極触媒の開発、量産化対応に携わっている。

 

Contents

 

エヌ・イー ケムキャットの強み:
燃料電池触媒におけるあくなき探求心

——最初に燃料電池自動車(FCV)の概要と御社の取り組みを教えてください。

 順を追って説明すると、まず燃料電池は、水素と酸素を化学反応させて直接電気エネルギーを生み出す発電装置です。燃料電池は、発電の際に電気・熱・水しか発生しないため、大気汚染物質を排出しないクリーンエネルギーとして注目されています。そして、この燃料電池で発電したエネルギーで走るクルマが燃料電池自動車(FCV)です。従来のガソリン車よりもエネルギー効率が高く、大気汚染や温暖化をもたらすCO2などは排出されません。まさに、究極のエコカーといえます。

 そのなかで当社は1990年代から「燃料電池触媒」の開発に着手しており、気候変動への対策が急がれる近年は一層の注力事業として位置づけています。日本では、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、産学官が連携して長期的に技術開発に取り組んでいけるよう、2040年頃までの「燃料電池・水素技術開発ロードマップ」を公開しており、FCVの普及の鍵を握る燃料電池スタックの安定作動を支える触媒をはじめ、さまざまな材料の要求水準や技術開発課題を定めています。こうした要求に応えるべく、当社では特に白金(Pt:プラチナ)を用いた燃料電池用触媒の改良や、次世代触媒の開発に注力しています。

——注力されている「次世代触媒」とは、どういったものなのでしょうか?

 その一つが「白金コアシェル触媒」となります。そもそも白金触媒とは、土台となるカーボンなどの担体に、水素と酸素の反応を促進する際に活性の高い白金のナノ(粒子を高分散して配置(担持)した触媒のことで、 燃料電池に用いられる電極触媒としての用途を見込んでいます。電極触媒には、この白金触媒や白金に別の金属を混ぜた合金触媒が用いられていますが、白金は価格が高く、資源量も少ないため、触媒に使用する白金量をいかに低減するかが大きな課題の一つとなっています。

 こうした課題を解決するための技術として注目したのが、異種金属粒子(コア金属)上に白金層(シェル)を被覆する白金コアシェル触媒です。これは、触媒粒子の表面にあるシェルにだけ活性の高い材料である白金を残し、触媒作用に直接寄与しない粒子のコア、内部を異種材料で置き換えるというもので、コア金属に比較的安価な材料を用いることでコストを低く抑えることができます。そこで、パラジウムを含む粒子をコアとし、白金を含むシェルで被覆したコアシェル触媒を開発したところ、大変に優れた性能をもつことが実証されました。

ナノメートルはメートルの10億分の1

——今後の研究における課題はありますか。

 性能向上とコストダウンをいかに両立させていくかという点です。触媒活性の向上に加えて、コストを抑えるための代替材料としてパラジウムを使ったコアシェル触媒を開発したのですが、パラジウムそのものの値段が上がってしまったため、コストダウン効果が想定を下回っている状況です。こうした状況を打破するために、コストダウンと高い性能が両立できる新たな触媒の開発を進めています。

 そのテーマの一つが、白金コアシェルに代わる新たな触媒粒子の開発です。重複しますが、燃料電池の電極触媒は、担体であるカーボン素材の上に非常に細かな貴金属の粒子を担持させる構成になっています。ですから、電極触媒を改良するためには、担体を変えるか、貴金属の粒子を変えるか、というところになってきます。コアシェル触媒は、貴金属粒子の形態を変えることで性能向上できましたが、こうした形態を含めてさまざまな貴金属を活用しながら最適な電極触媒を追求しているところです。また、担体の部分についても、次世代型のカーボン素材の探索を進めています。耐久性の面も考慮しつつ、粒子形態とのさまざまな組み合わせを試しながら、性能向上を目指しています。

――現状の達成状況や見通しについて教えてください。

 2~3年先のニーズを見据えて、お客様の協力を得ながら開発を進めています。具体的には、お客様に評価装置を用いた分析データとともにサンプル触媒を提供し、お客様に実際に使っていただいたうえで、フィードバックを受けながらブラッシュアップをしています。お客様とはサンプル触媒の商品化に向けて具体的に商談を進めているところです。

 FCVを開発している自動車メーカーへの採用を目指しながら、中長期的には、2040年以降のNEDOのロードマップの指標をクリアするような革新的な触媒開発を目指しています。例えば、ロードマップでは、大型商用車の燃料電池用触媒の作動温度の設定が95℃から一気に120℃まで引き上げられており、より過酷な状況下でも触媒が安定して作動することが求められています。触媒性能としても我々技術者にとって従来とは次元の異なるレベル設定がされており、大きなブレークスルーが必要です。当社が開発してきた白金コアシェル触媒のようなチャレンジングなアプローチをこれからも積極的に取り入れ、繰り返し実験をしながら、触媒の新たな可能性を模索していきたいと思います。

NEDO「FCV・HDV用燃料電池技術開発ロードマップ」から当社で抜粋して作成

※2 Hydrogen Council 「Hydrogen Scaling up」等に基づいた推計値
※3 大型トラックの製品要件から導出された2030年頃、2040年頃の目標I-V特性上の熱定格動作点
※4 Beginning of Life
※5 End of Life
※6 DOE Hydrogen and Fuel Cells Program Record #20005, “Automotive Fuel Cell Targets and Status”, Aug. 2020

入社の経緯とやりがい:
自らの手で、新しいビジネスを立ち上げる

——和田さんがエヌ・イー ケムキャットに入社された経緯を教えてください。

 学生時代は、薬学部で有機化学を専攻し、貴金属を使わない有機触媒を学んでいました。広い意味では触媒という同じ領域ではあるものの、エヌ・イー ケムキャットが主に扱う領域とは少し違う分野を学んでいたということになります。

 はじめは、学生時代に学んだことを活かして働きたいと思い、製薬や総合化学メーカーを中心に見ていましたが、就活を進めていくなかで当社を知り、色々と調べていくうちに、多彩な最終製品に触媒という切り口で携われるということと、ある程度私が学んできた研究も活かしながら、これまで研究していた分野とは違う領域で新しいことにチャレンジできると知り、入社を決めました。

 入社直後は、これまでの自分の強みを活かせるということで、化学触媒をテーマに研究をしていました。1年目で、3件の特許を取得するといった成果も出すことができ、非常に良い経験ができましたが、やはり新しい領域でもチャレンジしたいという想いは常にありました。特に燃料電池の触媒開発には非常に魅力を感じていて、いつか絶対に燃料電池の研究をやりたいと思っていたので、今の研究に携われたときは長年の夢がかなった瞬間でした。

——仕事のやりがいはどんなときに感じますか?

 燃料電池やFCVは、まだ市場が確立されていない分野ですし、求められている性能も高く、非常にチャレンジングな市場だと思っています。私にとっては、ゼロから新しいビジネスを立ち上げているような気持ちです。難しいことが求められてはいますが、その分やりがいも感じています。

 燃料電池触媒事業は、これから10〜20年かけて大きくしていくビジネスですので、会社としても若手の新しい柔軟な、凝り固まっていない発想を重視してくれています。私のような若手社員が、会社の注力している事業の研究の一端を担えるというのは非常にありがたい環境ですし、若手が積極的に活躍できる企業文化は当社の特長でもあると思います。

和田さんの夢:
触媒の可能性を追求し、FCVの本格普及を実現する

——和田さんの研究されている触媒技術が進化し、FCVの普及が加速すれば、世界中に大きなインパクトがありそうですね。

 そうですね。FCVの本格普及においては、NEDOも想定しているように大型商用車から進んでいくだろうと見ています。乗用車は、バッテリーEV(Electric Vehicle:電気自動車)やプラグインハイブリッドなどの競争相手が非常に多く、すでにマーケットも確立されています。また、FCVのインフラとなる水素ステーションの整備も進んでは来ているものの、消費者の利便性を考慮すると十分とは言えない状況です。乗用車におけるFCVは、今のところ選択肢とはなりにくいのが実状なのです。

  一方で、商用車での競争相手はバッテリーEVではなく、e-fuel、つまり再エネ由来の電気エネルギーから作られた合成燃料を用いたエンジンや水素エンジンなどになります。なぜならば大型トラックをEVバッテリーで走らせると電池が大きく、重くなるためです。その点、FCVはコストや効率の面で最も現実的な選択肢となり、実用化は十分に可能だと思います。大型商用車のFCVが普及すれば、需要喚起のためのインフラ整備の動きが活発化していくと思います。そうすれば、おのずと乗用車でもFCVが有望になってきますので、まずは大型商用車の実用化に貢献したいと思っています。

——最後に、和田さんのこれからの夢を教えてください。

 燃料電池の研究に携わる前はあまり脱炭素を意識して生活してきませんでしたが、研究を始めてからは、環境問題自体を意識するようになりました。研究を進めていくうちに、環境に優しいとされるエコカーがどんどん増えていくなかで、原料である水素や電気を、二酸化炭素を排出しながら作ってしまっては意味が無いということに気づきました。製造から市場に提供するまでを俯瞰して捉え、バリューチェーン全体でどう脱炭素に貢献していくかということを常に意識していかなくてはいけません。

 まずは、自分の携わっているFCV向け触媒の事業を軌道に乗せる。そのうえで、全体のバリューチェーンを俯瞰できるようになったら、水素生成に用いられる触媒の知見を活かして「水素バリューチェーン」の構築にも貢献していきたいと思っています。実際、耐久性に優れた当社の貴金属系触媒は、すでに都市ガスから水素を生成する際の脱硫、メタンを水素に変換する改質、CO濃度の低下などに使われていますから、夢ではないと考えています。

 燃料電池やFCVは、気候変動や地球温暖化という社会課題に大きな影響を及ぼす分野です。FCV市場の先行きが見えづらいなかではありますが、私としては、今携わっている研究が今後の市場をリードしていく技術になっていくと思っていますし、そう信じて研究を進めています。エヌ・イー ケムキャットがFCV市場のトップランナーになれるよう、日々努力していきたいと思います。

電極化した試作触媒の評価



 

エヌ・イー ケムキャット株式会社

1964年に、住友金属鉱山と米国エンゲルハルドコーポレーション(現 BASF コーポレーション)との合弁により設立。創業以来、石油化学製品などの工業製品の製造過程に使用されるプロセス触媒や自動車をはじめとした排出ガス浄化触媒などの提供を通じ、産業や社会の発展に貢献している。2021年に経営理念を刷新するとともに、長期的なありたい姿を示した「ビジョン2030」を策定。ビジョン実現に向けた16のキードライバーを設定・実行し、コーポレートトランスフォーメーションを加速させている。

https://www.ne-chemcat.co.jp/

 

取材後記

燃料電池触媒の可能性について熱く語られ、日々試行錯誤を繰り返しながらFCVの普及に挑戦されている姿が印象的でした。最近のテレビやCMなどでよく見る次世代エコカーとしてはバッテリーEVやプラグインハイブリッド(PHV)という印象を持っていましたが、今回の取材でFCVの可能性を感じました。

さらに関心したのは、FCVに使用される水素を作るために二酸化炭素を排出している現状に、和田さんがこれまでの知見を活かしてすでに水素生成のバリューチェーンまでも考えられているところです。研究者としてのすごさを感じました。

燃料電池やFCVは、これから市場が確立されていく分野であり、和田さんのような夢を持った研究者が新しい市場を切り開いていくのだと感銘を受けました。

(ブレーンセンター NT)

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